なんでも出来る気がして、なんにもできない気がする。
久しぶりに、自分のことについて書いてみよう。
知ってる人は少ないだろうけど、僕はほんの1年数ヶ月前までニートのようなフリーターのような生活をしていた。
その前は一応上場企業にいたけど。
そんな社会で言うところの底辺から、何とか色々と紆余曲折を経て、多少なりともできることが増えた。
そんな今になっても、自信というものはほとんど湧いてこない。
出来ることが増えるほどに、自分の出来なさを痛感する。
「これが出来るならあれも出来そう」という気持ちと、
「きっとこれ以上は努力でどうこうならない」という気持ちの両方が同時にある。
だから、なんでも出来そうで、なにも出来なさそうな気持ちになる。
1つのことを突き詰められる人は凄い。
そんな風になれたらとよく思う。
でも、なれないことは分かっているし、なれないからこそその分だけ好奇心が色んな方向へ向く。
浅く広く色んなことを色んな角度で見て、不器用ながら必死に理解しようとする。
それでも大抵の事は理解できなくて、人より頭の回転の遅さを身をもって知ることの連続。
自分が出来なくて、躓いて悩んで苦しんだことが多いから、出来ない人の気持ちはよく分かる。よく分かるから、親身になって教えてあげることが出来る。
そうやって上手く自分の短所を長所に変換しないと、ほんとに自分の長所なんてどこにもないような気がして、実際はいつも不安だらけだ。
基本はネガティブというか、マイナス思考の部分が多いと思う。決して初めから楽観的には考えられなくて、自分の中で噛み砕いて最悪の事態を想像することで楽観視するようにしている。
変えたい自分と、変えたくない自分の間で試行錯誤を繰り返しながらずっと漂ってる感じだ。
本を読んで「人の目を気にしないようにしよう」と気にしていることが、そもそも人の目を気にしてしまってるんだと思うし、そうそう根の部分は変えられないと思う。
それでも、臆病で弱い人間だからこそ見つけられることもあるし、そういう小さなものを拾い集めて自分の武器にするしかない。
ちゃんと結果が出た時は、「ああ、良かった」と思う反面、「もっとよく出来たんじゃないか?」と考える。
そうして誰かのために工夫しながら突き詰めていけば、自分らしいやり方も見つけられると思う。
迷いながらでもとりあえず進むことが、思わぬ結果に繋がったりするから、何もしないよりは、して得られることで学んで行けたらいい。
なかなか踏み出せない誰かを勇気づけて、その手助けをするような仕事が出来たらいいなと言うのが今の僕の目標だ。