人には様々なタイプが存在する。~仕事編~
人には様々なタイプが存在することは、
僕のブログを読んでくれてる人はよく分かっていると思う。
だけどその中でも、仕事においては大きく分けて2タイプの人間がいることを伝えたい。
仕事における2タイプ
その2タイプは何かと言うと、
”監督型”と”プレイヤー型”
のこと。
もちろん2タイプと言っても、
すっごく大まかに分けた2タイプと言うだけなので、これをもっと細分化して
監督型の直感思考や
監督型の計画思考など、
もっと細かくなっていく。
だけど、そもそも大元の2タイプがズレていると仕事がキツイ。
仕事効率も上がらないし、自分も楽に仕事が出来ないという最悪の状態になる。
日本の社会は、この視点が大きく欠けていると思うので、書いておくことにした。
日本社会に欠けている視点
日本の社会の仕組みは、単純にプレイヤーとして優秀な人間が出世するように出来ている。
ただ、それが無能な上司を量産している一番の原因なのだ。
プレイヤーとして優秀な人間は、プレイヤーだから優秀なのであって、急に人を教育したり上手く取りまとめたりする監督型の仕事をさせてもできない。
だが、プレイヤーとして優秀だった彼らには、「自分はできる人間だ!できない社員は努力が足りない!」と思い込む。
そうやって、自分が向いていないことに気づかず、部下のせいにするプライドだけ高い上司が誕生していくわけだ。
時々、どちらもある程度こなせるオールラウンダー上司がいい上司として慕われるが、その割合は当然のことながら少ない。
このように優秀な上司というのは社会の在り方からして、少なくなるように出来ている。
本来持つ能力は年齢に左右されない
もともと持つ能力は、年齢には依存しない。
例えば人を取りまとめたり、教育したりする能力は経験値で変わることはあれど、向いていない人間がどんなに経験値を積んでも、向いている人間の足元にも及ばない。
それは事実。
もちろん経験値は大きく関わってくるが、それでも向いてない側の仕事をするよりは、向いている仕事をする方が、遥かに成長も早く、高い能力を発揮できる。
何より自分が楽だ。
やりたい仕事よりも、できる仕事をした方がいいということを林先生も言っている通り、
自分に向いている仕事をする方が、結果を楽に出せて、成長も早いからだ。
出世する人間が優秀なのではなくて、
主にプレイヤー型の人間が、間違えて上に行ってしまった馬鹿なプレイヤー型人間の目に止まりやすく気に入られやすい。
監督型の人間から見るとおかしなことでも、彼らはそれが当たり前だと受け入れることが出来てしまう。
それは、主にプレイヤー型人間に体育会系の上下関係精神があるからで、その悪しき体系のせいで本来人をまとめる能力が高い監督型の人間を、使えないとプレイヤーのままにし続けている。
ここら辺が、ちょっと前に書いた記事の、
「ヒエラルキーという社会構造において効率化はありえない」
の話に繋がっている。
楽に生きたいのなら、
自分が楽にできる仕事を見つける他にない。
もしくは辛くとも、好きな仕事を頑張るか。
どちらでもない仕事は、努力するだけ時間の無駄なのでそれを理解した上で選択するべきだと思う。
個人的な意見だけども。
ついでに、最近有名なZOZOTOWNの前澤社長の会社がなぜあれだけ成長しているのかも、最後に少し書いておう。
ブラック企業がありふれている社会だからこそ、ZOZOTOWNは圧倒的に支持される
ZOZOTOWNを簡単に言えば、
”すっごくいい独裁国家”
独裁国家と聞くと某北の国を想像しがちだけど、独裁者がいい人間なら独裁国家は比較的幸せだ。
ブータンなんかがいい例だと思う。
ZOZOTOWNには役員とかの階級がなく、社員の給料も変わらない。
そして、福利厚生は整っていて就労時間も短い。
周りがブラック企業ばかりだからこそ、とても待遇よく感じるが、もし周りがホワイトだらけならこうはなっていないと思う。
まぁ今の社会を上手く利用している会社だなぁと尊敬する。